brake your ...

髙橋大輔にある日突然はまってしまった日記

最近の大輔さんもろもろ

何はともあれ、お帰りなさい!


肌焼いたりなんか食べたりビーチに行ったりメリーゴーランド乗ったりダンスセンターに通う人達のアカウントに登場したり崇彦さんの焼き肉写真にコメントしたりそれがきっかけで立石諒さんと繋がったりミュージカル見てはしゃいだり髪刈り上げたり酔っぱらって寿司ぶら下げて歩いてたり予想外のサービスがいろいろありましたインスタグラム。
人間何か楽しみにすることがあると生きる気力が沸いてきますね。ツイッターも追いたかったなあ、誰かログとってないかな…。

4ヶ月のNY生活を経て日本に戻ってきたら、テレビにトークショーにスケート教室にとイベントが目白押し。

お台場トークショーの大輔さんはなんか自然体でしたね。以前は緊張し気味というか「あ、あ、どうも…」みたいな感じだったのが、「どうも〜! 笑」みたいになってて少し驚いた。

MCの吉田さん「思春期の髙橋くんに今の髙橋さんは何と言葉をかけますか」
大輔さん「襟足切れ、眉太くしろ、口閉めろ」
会場「wwwwwwwwwwwwwwww」

ギャル男はもうダサいと感じるようです。よかったよかった。相変わらず口開いてるけどな。


そして、そしてですよ。
shall we?のスケート教室のレポを拝見したのですが、
「次の渡米にはスケート靴を持っていく」
「セントラルパークで滑ってみたい」
との言葉が!!!

渡米前の発言の数々や、スケート靴を持っていかなかったことへの不安、他のスケーターの方々の新プロ情報が飛び交う中、大輔さんのプロは無いんだなあ、というぼんやりした感覚。
全部吹き飛ばしてってくれましたよー!!うれしい!!嬉しすぎて泣く!!
また滑りたいって思ってくれたことが何よりもうれしい。

好きだったものに熱中出来なくなる、見るのもしんどくて、自分の「好き」という気持ちに自信が持てなくなる、そんな状態は、すごくすごく苦しいです。だからみんな、「好きなものは仕事にするな」って言うんです。私自身、その苦しみに耐えかねて挫折した経験があり、そのこと、好きだったあの頃の自分を裏切ってしまったこと、に、ずっと罪悪感があります。

だけど大輔さんはこれからもスケートに関わっていく。
よかったなあ、と安心しました。
苦しみから抜け出せたのなら、好きだとまた思えたのなら、そんなに良いことはないです。

クリスマス、楽しみですね!!
行けない予感しかしないけどな!!
クリスマスソングがネタ切れする前に行きたい。なみはやだし。

最近の出来事もろもろ

久々の更新です。
7月入ってからかなり忙しく、へろへろ状態で記事を書く気力がなかったのですが、久しぶりにまったり過ごせそうなので、約2ヶ月間のイベント映像もろもろで特に心に残った演技の感想を。


■本郷理華ちゃん 
あっこちゃんありがとう!そしてありがとう!と言いたくなる妖しげプロ。衣装とメイクが良い味出してます。雷の音のところの天を仰ぐような振り付けが好きです。早く試合でみたい。

■羽生くん 
SEIMEI
格ゲーなら悪・霊・退・散!!ってカットが入りそう。退散どころか滅殺。むしろお前の正体が修羅か鬼だろみたいな。要するにくっっっそ強く美しく格好いいです。相変わらずジャンプがすごく鋭くてキレイ。ザンッ!!て斬り殺されそうな殺気。だがそれがいい。ゆったりしたパートはフルでもっと見られるのかな。早く試合でみたいその2。

レクイエム
曲名知ってああ、羽生くん、そうか…となったプログラム。
光も水もない、果ての無い真っ暗な、宇宙空間にひとりみたいな、絶望。それをビームライトみたいに切り裂いてくまっすぐな白い光。強烈な光、生命力。
その、祈り。

宮原知子ちゃん 
Pennies from Heaven
めちゃんこかわいい。ちょうキュート。小悪魔っぽい翻弄されたい。傘の使い方が好きです。頭の後ろに持ってきてちょい俯きながら腰くいっとするところがたまんないです。モノクロ衣装に赤が映える。楽しげに自然と踊る感じ、見てて幸せ。

ため息
またなんと可憐なこと…さとこちゃんは身体は小さいけど子どもっぽくはなく、むしろ女性の柔らかさと芯の強さが見える。腕の使い方も好き。肘から動かすような感じが特徴的なのかな?

■佐藤洸彬くん ボレロ
 ツイッターのTLで爆笑スタオベだの乳首ラインストーンだの気になるワードが並び過ぎて映像待機組がざわ…ざわ…してるのが面白かった。もちろん演技はそれ以上に楽しかった!!佐藤くんの演技を見るのはこれが初でしたが、腕の使い方きっれーやな!!と感動しました。腕の使い方に関しては現役選手の中で一番好きかもしれない。応援決定です。

小塚崇彦さん
epilogue
好きすぎて毎晩寝る前に見てた。崇彦さんのEXはどれも好きなのですがこれは特に好きです。
夜の湖みたいに静謐な美しさ。なんのストーリーがあるわけでもない、ただ、大きな水槽の前に立って、自由に泳ぐ生き物をぼうっと眺めてるような感覚で、何時間でも見ていられる。それでも何気ない表情や、動き、背中から自然に醸し出される雰囲気が、大人の、年を重ねた男の人なんだなあって感じられて、本当に素敵です。
婚約おめでとうございます!めでたい!

■ミーシャ・ジー選手
髙橋大輔トリビュート
予想以上にコピっててうおおってなりました。ぐいんぐいん動く動く!キメるキメる!!音源は自作かなあ、つなぎが自然で良い。
カバーって、オリジナルの方が良いに決まってるとかこっちの方が上手いからこっちの方が優れてるとかいろいろ意見が出ますが、私はカバーとかトリビュートとか〜してみた系が好きだしリスペクトも感じられたので好印象でした。


長くなったので髙橋大輔さん関連の出来事は次の記事に。

髙橋大輔らしさとは③

 

ついに来ました【心】編。

なんつーか、言葉にするだけ野暮だよなあと思ったりもするのですが。

まあ始めてしまったものはしょうがない。行きましょう。

 フィギュアスケートというスポーツは本人の気質が本当によく表れるスポーツだなあと思います。人柄も含めて好き、ってファンが多いのは、演技自体に人柄が出るからというのも、あるんだろうな。

 

しかも高橋大輔は特にそうだと思う。

なんというか、どんなジャンルを滑っても、ああ高橋大輔ってこういう人だよな、と感じる。

カッコいいプログラムでは、観客を誘うことに特化してる。そして乗せられたらどんどん楽しくなってきちゃった、っていうお調子者っぽいところをよく感じるw  

重たい曲やドラマチックな曲でも、気迫や情熱はあるけれど殺気とは違うのが、彼らしい。

でも、クライシスやビートルズのような曲が、1番らしいなあと思う。

人一倍傷つきやすいからこそ、おそらく誰もが経験する類の痛みや哀しみ、さびしさ、そしてそれに寄り添う優しさを表現するのが上手いのだと思う。悲しみは、決して劇的に表現する必要はなくって。だって、普通の日常にも苦しいし哀しいしつらいこともあるし、むしろそういう経験の方が多いかもしれない。そして彼は、乗り越える力とか、悲しみを吹き飛ばす明るさを表現しようとはしない。

むしろ私にとって必要なのはそれじゃない。

落ち込んだ時に暗い曲を聴きたくなったり、傷ついてる人に「実は私もね…」と自らの傷を打ち明けたくなったりする感覚。そういうものの方が、私にとっては親しみがあるんです。だから好き。

 

なんとなく、水みたいな人だなと思う。

水というか、液体と気体の間の、ドライアイスの煙みたいな流体。それと、アルコール、誘うような香りとか、うねる蒸気みたいな熱。

目には見えず、触れることもできないけれど、確かにそこにあって感じるもの。

決まった形が無いからこそ、広がり、多くの人にコミットする。

 試合直前などは体の中に閉じ込めているのに、音楽が鳴り始めた瞬間、そういったものを一気に周りに放出し始めるような感じ。

 アメリなんか見てると、身体の輪郭が曖昧になってて、手で触れたらずぶりと沈みそうな気さえする。なかみが空気中に溶け出していて、「無」になっているほど。一体化した空気に、窒息しそうに気持ちいい。

 曲を演じるというより、曲に自分を溶かしこんで混ぜ合わせて広げている。

だから、キャラクターを演じるような振付があってもプログラム全体にエモーショナルな流れを感じ、魅力的に思えるのかなあ、と。

とくに情熱や哀しさ、痛みには、ついつい引き寄せられる。「この人には自分が必要なのではないか」と思ってしまうのかな。

 

ここまで自分をさらけ出せて、エモーションを放出できるのは本人の気質だなと思う。

普段の言動から、本っ当にこのひと無防備だな〜!!!と感じるもの。見てて焦るくらい。

 

次の記事ではその無防備さについて語ろうと思います。

 

 

ここからは雑談。

髙橋大輔は水みたいと評したのですが、そうするとフラメンコは果たして合うのだろうか……。

フラメンコって、押さえつけて押さえつけてそれでも抑えきれなくて迸る情熱の炎、ってイメージなので、大輔さんのようなダダ漏れな人がやるとどうなるんだろうと。

ただでさえスケートは滑るから、横移動もなく複雑なリズムとタップと見栄で魅せるフラメンコは、フィギュアスケートでやるには少し違和感がある。

ポエタやファイヤーダンスとかのあまりガチガチじゃない曲でないと難しいんだろうな。

でも髙橋大輔のフラメンコ見たい!!超見たい!!!男版ファイヤーダンスとかやってくれ~~~ノースリーブ衣装で。

 

……以上、羽生君のSEIMEIに「絶対合うじゃん!!いいなあずるい!!!」となった結果のぼやきでした。

 

 

 

最近の出来事もろもろ

リステリンチャレンジ完結編を見てすごく幸せをもらってしまい「大ちゃんよかったねえええええ」てなった勢いで記事を書くことにしました。

 

NYに留学と聞いたときドンパチに巻き込まれやしないかとかドラッグに溺れやしないかとか勝手にすげー不安になってましたが元気そうでなにより。

英語で話すことに慣れる&コミュニケーションをとることに慣れる&いろんな人の笑顔を見られる等等という一石何鳥だ?ってくらい良い企画だったのではないでしょうか。新生活のいいスタートを切れたのではないかな。

どうでもいいけどBGMも映像の色調もすごい好みでした。ありがとうリステリン。刺激が苦手でまだ使いきれそうにないけど。

 

競技だけをなんとなくテレビで見ていたころには気づきませんでしたが、アイスショーの多さに驚いております。

スケーターこれ休む暇あるのかなあ、とか思ったり。

以下、ちょこちょこ演技を見た中で特に印象に残ったものの感想。

 

織田信成さんは、プロになってからの方が好みな気がしてならないです。あれだけお仕事してるのにどんどん深みが出てきている気がする。アディオス・ノニーノもリバーダンスも大好き!かっこいい!

 

あっこちゃんもますます美しさに磨きがかかって…お衣装が毎回素敵です。もっと年齢を重ねても、その分だけ魅力的になっていくだろうな。ずっとショーに出ていてほしい。そして来シーズンはとうとう振付を担当!しかもキダム!楽しみ~。

 

町田樹さん。カメラの位置、照明にまで凝ったプログラム。ああそうだなあ、ショーの方が町田くんのやりたいことに近いよなあ、と。月夜に森で妖精か何かが舞っているのをこっそり覗かせてもらっているような、アンティークのオルゴールの、職人が魂を込めたオートマタの踊りを眺めているような、ひっそりとした幸せに浸れました。

 

宇野昌磨選手。今まで「色気のある踊りのうまい仏頂面の子」なイメージだったのですが、新SPめっちゃ好みです! 視線は鋭く観客の方を見てる、その反対側の足でリズムを刻み始めるのがすごいかっこいい。試合で見るのが楽しみです。しかし、昌磨くんが求める「表現力」っていったいどんなものだろう。

 

羽生くんは羽生くんだった(笑) かっこいいな!! たぶん私は、彼の演技自体はそれほど好みではないんですが、彼の気質や生き様みたいなものが強く表れていて見るのが楽しい。「うははははははは!いいぞもっとやれ!どんどん突っ走れ!」ってバトル漫画でも読んでるみたいに、無責任な外野感覚で楽しんでる。ファンの方には申し訳ないと思います……。

 

ステファン・ランビエールジェフリー・バトル。二人とも特に好きな(というかお気に入りの)スケーター。方向性は違えど表現豊かで、踊れるっていうのが共通点。

ステファンの方が優雅な動きで音の間と強弱を捉えることを、ジェフの方がバキッとした直線的な動きでリズムに合わせることを得意としてるのかなという印象。二人とも繊細でセクシーだけどステファンはしっとり滴ってる系、ジェフは爽やか系。今回のプログラムのイメージに引っ張られている気もする。

ステファンは、力の抜けた動作が上手いよなあ。高橋大輔にも共通する色気の元だと思う。

 

二人を見てると、髙橋大輔も世界のいろんなショーに出まくった後に振付師になればいいのにな~と思う。

以前、0から1を生み出すのができない、アドリブが苦手と言ってましたが、いやあなた、何もせずにそれが出来たら本物の天才ですよと思う。0から1を生み出すなんて、今の時代どれだけ困難なことか。

学生のころジャズを少しかじったことがあるのですが、クラシックをずっとやってた人がいきなりアドリブしろと言われるとほとんどの人はできなかったです。他の人の演奏を聴くと格好よさは分かるけど、いざ自分がやれと言われると何をどうしたらいいのかわからず途方にくれる状態。いろんな演奏を聴き、良いと思ったものを真似し、音楽理論を学んだりもして、ソロをとりにいく度胸をつけ、ライブで経験を積み、それでやっと自分の色が出せるものだと思います。

自分にとってどんなものがかっこいいのかを考え、それを形にしてみる。まずはそこから。

表現とはどんなものであれ、インプットとアウトプットを続けなければイメージは枯渇していくし、続けていけばそれなりに慣れるんじゃないのかなあ。

まあ本人が何かをアウトプットしたいという気持ちが無いのであればしょうがないのですが。

個人的に、彼のリズム感やキャラクターは生まれつきで教えられるものでもないと思うけれど、彼の培った「見た目や動きの美しさ」に関する技術は次世代に伝える価値が十分にあるし、彼も教えられるのではないかと思う。eyeの衣装を見るに衣装デザインとかも良さげ。

本人の気質的には……難しいのかなーどうなのかなー。

 

髙橋大輔らしさとは②



今回のテーマは【技】。

例によって技術的な解説ではありません。



フィギュアスケートにおける大技、ジャンプ。
最初の記事で書いた通り、私はジャンプっていうものが好きではありませんでした。

特に女子ばかり見ていた私にとっては、綺麗な衣装を着てくるくる舞っている女性を心地よく眺めていたのが、力んだ面持ちで助走の体勢に入ると、それだけで心拍数が跳ね上がり、手汗がやばいことに。
成功したらほーっと安心し、失敗したら、ああああ…と悲痛な心持ちになる。このアップダウンを選手全員分味わうのはものすごく、疲れる。こういう緊張いらないよー、って思ってた。
リアルタイムではない動画ではその緊張も和らいで、男子のジャンプは迫力あるなあ、とか、伊藤みどりさんのジャンプはたっかいなあ! とか、「カッコイイ」を感じてはいたのですが、それでもエキシビションが一番、安心して楽しめた。トリノ荒川静香さんの「you raise me up」は髙橋大輔さんを知る前に一番見ていた動画ですが、美しいなあ、みんなこうだったらいいのに、ジャンプなんかいらんわ、と心底思っていました。

多分、スポーツとしてのフィギュアスケートに興味がなかったんだろうな。ただ、身体芸術がテレビで見られる唯一の機会だったから見ていた。
私にとってジャンプは、「芸術的じゃない」ものだったんです。

パトリック・チャンが、この前の会見で「ジャンプは銃の引き金をひくようなもの」と言っていて、表現のあまりの的確さに膝を打ちました。
いうなれば私は、火花の美しさと威力に関心するより、発砲音にビビッていたんでしょうね。花火大会で子供が泣き出すのと同じような感じで。

しかし、その認識を変えてくれたのが羽生選手。
彼のソチでの「パリの散歩道」をテレビで見て、ジャンプを初めてきれいだと思った。銃の発砲というより日本刀の一閃を思わせるような、鋭く、美しいジャンプ。
磨き抜かれた技とはそれ自体が既に芸術であるのだと気付いた。
これはおそらく、スポーツとしてのフィギュアスケートの魅力も兼ねているのでしょうね。彼が滑るときはむしろジャンプが楽しみです。
 
 
と、前置きが長くなりましたが、ここからが髙橋大輔さんの話。


彼は、昔は踊りや表現力ではなく、むしろ技術の方で評価されていたらしいですね。なんか意外でした。2003年EXの「Desert Rose」を見ると、やっぱこの踊り心は生まれつきだ、なんて思うけど。
「勝たなきゃ見てもらえない」というように、踊りは上手いけどジャンプが跳べず、知られないまま引退した選手も、私が知らないだけでいっぱい居るんだろうなあ。

ジャンプの話から始めたので、大輔さんのジャンプについて。

大輔さんも、これまたジャンプのイメージを変えてくれた人でした。
なんであんなにふわっとしてるのか。
世界選手権の luv letter とか最たるものだし、In the garden of the souls のアクセルやルッツなんてほんとうに流れの一部、音に合わせた振付のひとつになってる。
まず助走が短い。そして着氷も「踏ん張る」感じがなく、すぐ踊りに繋がる。ノンストレスなジャンプというものを初めて見た。
ストレスといった意味ではむしろ、スピン(とくにチェンジエッジした時)が一番こう「おおっとぉ?」ってなる(笑)
まあ、リアルタイムで観戦したことが無いからってのもあるかもしれません。4回転は動画でも緊張するしね。
しかし、大輔さんのジャンプを武器に例えるなら何だろうな……なんて、こんな風にスケーターそれぞれのジャンプに違いがあると気付いて、その違いに楽しみを見いだせるようになったのは 嬉しい。

そうそう、それぞれに違いがあると気づいたものに、「スケーティング」もありました。
以前はジャンプと振付だけ見てて、広告が流れる速さなんて微塵も気にしたことがありませんでした。
でも意識してからは足元を見るのが楽しくて。チャンや小塚選手なんかの、浮いてますか?て程しゅるんしゅるんな滑りは見てて爽快で、一気にファンになった。

大輔さんのスケーティングも、見てて気持ちいい。
膝が音に合ってるからなのか、浮いてるというより踏みしめる感じなのに、滑らかで緩急があるのがたまらない。カーブを描きながらぐーっと滑る時が好きです。
磁石でくっついてるとか吸いつくようなって表現に最初は違和感を感じたけれど、氷と一体化しているみたいと言うと分かる。重みはあるけど重たくはない。どういう仕組みなのかなあ。
ローリーさんと組んだ後は、流麗さが増したと思う。

高橋大輔は、一つ一つの規定されたジャンプすら音楽に合わせる。合わせる技術を磨いたのでしょう。そうしないと自分が気持ち悪いから。
スケーティングもそう、滑っていて気持ち悪かったから一から見直した。
結果的には、観客にとってもより心地いいものになったけれど、最初はあくまで彼のこだわりだったんでしょうね。
 

それでは、芸術性……「魅せる技術」についてはどうか。
 
先日、宮本賢二先生の振付現場を取材した番組がありましたが、
指導の際の「顔の向いてない方の手がぜんぶ棒になってる」等の言葉に、私が「なんかよくわかんないけど雑」と感じるものの正体が分かって面白かったです。
集大成であるビートルズメドレーとソナチネの、いっそ別競技じゃないかとまで思わせるほどの美しい動きは、こうして作られていたのかと。
私のような観客から、コーチ、振付師、そして、誰より「人からどう見えるか」に厳しい髙橋大輔本人の目に晒されて、多くの視線の刃で削られた彫刻のように、極限まで角のとれた動きになる。
人一倍他人の目を気にする彼でなければ、なかなかあそこまでたどり着けないんじゃないだろうか。
 
彼の演技は、まず観客ありき。

たとえば観客とのコミュニケーション。
観客に視線を、時には笑顔を送り、文字通り演技に引き込む。
それは「作品を見せ、それに拍手をもらう」というスタイルとは少し違う。観客と一体にならなければ意味がないのだ。
 
4回転に挑み続けたのもそれが理由ではないだろうか。
 
私たちはフィギュアスケートを見るとき、表現豊かな演技に惚れ惚れするけれど、何がなんでも勝ちたいという選手の気迫に呑み込まれることもあるし、難しいジャンプに成功した瞬間には胸が熱くなるし、強い選手が滑る時には、期待を込めて見る。
それが、競技としてのフィギュアスケートの魅力であり、彼もそれを知っていた。
 
「褒められたくて練習してた」
「注目されるためには成績を残すしかない」
「4回転を入れなければ勝てない」
という発言。
 
金メダルが欲しいのか納得のできる演技がしたいのかという質問に対する、
「どっちもです」
という答え。
 
髙橋大輔にとっては、技術と順位も、美しさと表現も、「他人を引き込めるかどうか」ということにおいて同列であり、両方必要だったのでしょう。
そして目指した姿が、「なんでもできる、どんなジャンルでも滑れる」。

……理想が高すぎるというか、欲が深いというか。
「もうこれ以上はできない」と思った時には、疲れ切っていてもおかしくないよと思う。

しかし謎なのが、各エレメンツに対しては「この人のが好き!」ってあるのにコンポーネンツに対してはないっていう(KENJIの部屋)。カットされた部分で、男子のコンポーネンツについてもいろいろ語ってたんじゃないかなあと、妄想。



さて、いよいよ次は【心】について。今から長くなりそうな予感が……。

髙橋大輔らしさとは 1.5

続きというよりも①の補足をしつつという意味をこめて、1.5にしました。

というのも②をどこからどう書けばいいのかわからなくなってしまったので。前回があまりにも見切り発車だった……考えをまとめるためにプログラム感想を書いたのに、結局つながらないという。

 

なので今回から、ちょっと視点を変えて、アスリートの3つの要と言われる【心】【技】【体】で見ていこうかなと。

とはいっても私は専門家ではないので、結局イメージの話になってしまうのですが。

 

ということで、今回は【体】について。

①では「動きの美しさ」を語ったのですが、今回は髙橋大輔が【ダンサー】と言われる所以、リズム感や音感についての話を。

【体】に含めても良いものか迷ったのですが、【心】にするにも【技】にするにも微妙なので、ここで書いておこうと思います。

 

まず某振付師さんがよく言う「楽器を表現できる」という言葉。

これは音の高低ではなく、音色の表現ができているってことですよね。

極端に言えば、ピアノの音と、メトロノームの刻む音とでは、同じ拍子でも受ける印象が全然で別物であるという話で、この2つを同じ動作で表してしまうのなら、音楽って何のためにあるの? という……個人的には、音の高低の次に「音の意味」を感じやすいため、まだやりやすい気がするのですが。

まあ、そんなに上手くいったら苦労しないですよね。音色と奏法の組み合わせの多彩さに比べ、人間が出来る動きはどれだけあるんだと。

 

一方、リズム感はというと。

まず一口にリズム感といっても、タイム感、グルーヴ感、スウィング感、ドライブ感……いろいろあります。

残念ながら細かい解説は出来ないのですが、リズム感とは要するに「気持ちいいかどうか」だと思ってます。リズム単体に意味は見いだしにくいし、感情も湧かない。

フィギュアスケートを見てて思ったのが、曲の展開に合わせて大技を決めたり美しいポーズをとったり、踊りのパート自体がある人は居ても、ずーっとリズムに合わせて動く人って少ない、ということ。

振付の段階では細かく動きが決められていても、ジャンプなどのエレメンツに集中してそこまで気が回らないのか、または音には合ってるんだけど、合わすのが精いっぱいで綺麗に見えず観客には伝わっていないか。

で、思いついたのが、彼をはじめとする「踊れる選手」は、そもそも合わせている「音」の数が多いのではないかということ。だからぶつ切りにならず、一定のリズムが生まれる。だから見ていて気持ちいい。演技自体に流れが生まれ、アクセントが効果的に機能し、曲の盛り上がりに合わせた技も自然に感じる。

結果、いっそう惹かれるものになるのかなあと。

ベースとドラムがしっかりしてるとバンドの格好良さが倍増しするのと同じというか。

 更に彼の場合、間の取り方が見てて「気持ちいい」んです。思わずニヤつきたくなるくらいに。その感覚を1つのプログラムで何回も味合わせてくれるから、病みつきになる。

 

で、それを可能にしているのが、全身が音に反応して動く身体。

あらゆる所で別々の音を拾ってるから、いつの間にか、曲に合わせて動いてるのか動きに合わせて曲が流れてるのか曖昧になる。

首振りを初めて見たときはぶったまげたけど、腕や膝の使い方もかなりリズミカル。とくに膝なんて、常にそれなりのスピードを保つには漕がなければならないはずなのに、要所要所でリズムに合わせてくるのがすごいなと。

氷の上で、滑りながら、リズムを刻む。

なおかつ音色に合わせて、動きを美しく見せる。

……やはり、かなりの身体能力と、音に対するこだわりがないとやってられないと思う。

 

音無しで滑らせたい、というのも分かるけど、やっぱり音を見せてくれるのが好きなんだよなー。

大輔さんに、耳栓して滑っててもらいたいなあ。何の曲か観客には明かされないまま、身体に染み付いた音だけを見て自由に想像したい。

あとは逆に、大輔さんだけイヤホンで音楽を聞きながら、とか観客が耳栓して、とか…。

だいぶ挑戦的というか、大輔さんにとってはますますリンク上での味方が減るシチュエーションだけども。

いつかやってくれないかな。

 

 

今回は、ポエム度が低めですね。だいぶ「理屈で切り分けた」感がある。

ひとつイメージ要素を付け加えると、私は彼の動きに「1/f ゆらぎ」という言葉を思い浮かべだ。炎の揺れ方や、水の流れる音に共通するといわれる「ゆらぎ」、人がずっと感じていても飽きない、と思わせるリズム。もしかしたら彼の動きにもそれがあるんじゃないか……なーんて。この用語自体が疑似科学的なので、本当に空想なのですが。

ここまで長々と書いて言うのもなんですが、私はそこら辺に居る、特別に音楽を学んだ訳でもないただの一般人なので、「高橋大輔がお前好みの音の取り方してるってだけじゃん」って言われたら、「そうかもしれない」としか言いようがありません。

悪しからず。

 

次は【技】について。

SNSのちからって、すげー!

いきなりアクセス数が400倍くらいに跳ね上がったので何が起きた!?と思ったら、どうやらtwitterで紹介されていたようで。

慌てて変な文章になってないか記事を見返したら案の定ちょいちょい見つかり、こっそり書き直しました。大筋は変わってないと思います。

いやしかし……SNSの力を舐めてました。そら炎上商法も儲かるわな。

 「見られてる!わたし見られてるぞ(予想以上に)!」と若干怯え、しかし共感してもらえたことが嬉しくもあり、次の記事どうしようかなあと悩んだりもしたのですが、まあ、あまり気にせずいこうかなと。というか気にしないようにしたい!

というのもこの記事ですが↓

 

モチベーションを下げる罠、「アンダーマイニング効果」にご注意。 - 烏は歌う http://d.hatena.ne.jp/wander1985/20110702/1309615115 

 

この現象に名前があったのかという驚き。おそらく、音楽や絵画、文章などで表現する方には特に馴染みのある現象です。とくに私はニコ厨&ピクシブユーザーなので、この現象をよく目にする。

思うに、髙橋大輔さんもこの状態に陥っていた(もしくは現在進行形)のではないかと。

こういう場合、ファンってどういうスタンスでいるべきなのかなあと悩む。

『自分はもう必要とされてないんじゃないか』発言があったと知った時、私は「なーにを言っとるんだこの人は!!」と思ってファンレターを書くべく数々のポエムを作っていたのですが、ふと、彼が「消化作業だった(のかも)」と言うものを「これ良いですよ!もっとこういうの見たいです!」って伝えるのはどうなんだろう……とためらった。

だって、せっかくなら彼の気持ちが込められた演技が見たい。それに感想を言いたい。

結局私は、彼が「これ良いでしょ!」と自信に溢れた、または「他の人にどう言われてもいい、これがやりたかったんだ!」という成果を出すまでは、本人に感想は伝えないことにしました。

放っておいたら、彼はいつか『表現すること』に戻ってくると思ったので。

まあ……やるとなったら完璧主義者な彼を、忍耐強くない私が待ち切れるかどうかは分かりませんがw

それまでは私も、好きなように、プログラムの感想をブログに上げていきたいです。

結果、彼に送りつける予定だったポエムのいくつかがこのブログに流用された訳ですが…。

 

 

……なんだか全体的に偉そうな物言いになってしまった気がする(汗)

というか、この書き方じゃまるで大輔さんと私が同列扱いなような……(汗)

ま、まあ、これからもマイペースに、ブレないように! という自分への戒めを込めて。

決して上手くはない文章なので、せめて書きたいことは見失わないように。

 

あと、

これはわたしの個人的な信条なのですが、好きなものは好きと言っていいし、逆に嫌いなものも嫌いと言っていいと思ってます。

嫌いなものを目にしないための自衛をし、炎上するリスクを考えた上で、ですが。